Column
中世アラゴン王国の歴史 ~ La historia de Aragón ~

Column中世アラゴン王国の歴史 ~ La historia de Aragón ~

↑ アルケサール

714年 

わずか3年前にイベリア半島に侵入[711年]したイスラム教徒がピレネー山麓に到達。キリスト教徒はピレネー山中に逃避。イスラム教徒はアルバラシンダローカテルエルサラゴサアルケサルなどにアラゴン地域の拠点に構える。

 8世紀中頃

キリスト教徒の反撃開始。ピレネー山中のテナ谷などで、 モサラベ様式 の教会建築が始まる[~11世紀]。

 1035年

アラゴン北西部にて、ハカを都に アラゴン王国 が誕生。同時期にアラゴン北東部では、アインサを都に ソブラルベ王国 が誕生(後にアラゴン王国に併合)。ハカ、アインサ両市を拠点に本格的レコンキスタ(国土回復運動)の開始。

 11世紀後半

アラゴン北部でフランスから導入された ロマネスク様式[ ~15世紀]の建築が始まる(サン・ファン・デ・ラ・ペーニャ、ハカ大聖堂、ロアーレ城など)。

 1096年

レコンキスタの南下に伴い、ウエスカに遷都

 1118年

レコンキスタのさらなる南下で、エブロ川に到達。サラゴサに遷都

 12~13世紀

アラゴン王国が最盛期を迎える。シチリアの晩祷事件[1282年:シシリアン・ヴェスパー]でシチリア王を兼ねるなど゙、ギリシャ・アテネから、南イタリア・ナポリ、シチリア島、サルデーニャ島、南フランス・モンペリエ、プロヴァンス、コルシカ島、マヨルカ島、カタル-ニャ、バレンシア、ナバーラまでを治める『 アラゴン地中海帝国』 が誕生。アラゴン南部に残ったアラブ職人による ムデハル様式 の建築が始まる[~15世紀](テルエル、サラゴサ、ダローカなど)。

 1479年

カトリック両王の結婚によるアラゴン王国とカスティーリャ王国の統合より、スペイン王国 が誕生

                                  (テルエル/サルバドールの塔)

 

ムデハル様式 Arte mudéjar

  レコンキスタ(国土回復戦争)の後、12~14世紀にイスラム教徒の装飾技術とキリスト教徒の建築技術が独自に融合した建築様式です。スペイン側の要望に応じて、当時「ムデハル」と呼ばれたキリスト教徒支配地域に残ったアラブ人職人たち(改宗しモリスコと呼ばれました)によってあみ出されました。

 特にアラゴンではレンガ造りの鐘楼が特徴的で、釉薬をかけた陶製タイルを使い、想像力を駆使して装飾されています。テルエルサラゴサ等、アラゴン州のムデハル建築群は世界文化遺産に登録されています。