2020/11/XX発【予告】
インドの秘宝・アンダマン諸島の旅 9日間

2020/11/XX発【予告】インドの秘宝・アンダマン諸島の旅 9日間

 ↑ タイム誌により「アジア最高のビーチ」に選ばれたハヴロック島(イメージ)

  2020年11月XX日(水)発~1X月XX日(木)着   9日間…¥近日発表

一人部屋利用追加料金 ¥近日発表

※成田発着:¥5,000引き

※日本各地全日空就航都市:千歳発着と同一料金(前泊や羽田・成田間の移動が必要となる場合がございます)

 

近代史に翻弄されたアンダマン諸島

イギリスは1858年にインド独立派政治犯の流刑地としてアンダマン諸島を利用し始めました。1896年から十数年かけて、今も建物の残る大監獄・セルラー刑務所(独房監獄)を建設し、「英領インドのシベリア」と呼ばれ、恐れられました。また、ポートブレア沖のロス島に教会、病院、郵便局等の施設を建設し、アンダマン諸島の支配拠点としました。大東亜戦争初期の1942年3月23日、日本軍はアンダマン諸島に上陸。イギリス軍を駆逐し、この地を占領しました。日本軍はポートブレアの海岸沿いなどに300以上のバンカーを建造し、現在もその遺構が各地に残されています。日本軍は終戦後の1945年10月、アンダマンから撤退しました。 セルラー刑務所の博物館には、「アンダマン刑務所」の看板とその真ん中を歩く、日本軍とともに行動した自由インド政府軍のチャンドラ・ボースの写真も展示されています。イギリスに再占領されたアンダマン諸島も1947年、インド独立とともに解放されますが、インドやビルマから大量に送り込まれた流刑者と、さらに彼らと先住民の混血によって、植民地時代以前と人口構成が大きく変えられてしまいました。アンダマン諸島には320を超える島々がありますが、そのうち観光客に解放されているのは26島のみです。先住民の暮らす島は、文化保護の観点から外国人の立入りが禁止されています。

セルラー刑務所(独房監獄)

ジャングルに埋もれた「東のパリ」ロス島

ポートブレア沖ある小さな島がロス島です。イギリス植民地時代のアンダマン地区の首都であり、「東のパリ」と呼ばれるほどの繁栄をみせていましたが、1941年の地震により崩壊し、1947年に放棄されました。現在も60ほどの建物が当時のまま残り、樹木に覆われた植民地都市の跡や旧日本軍のバンカーを見ることができます。島内は歩きやすいトレイルが整備されています。

 

ハウラー・ブリッジ(ニール島)